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最高裁判所第三小法廷 昭和62年(行ツ)12号 判決

青森県五所川原市字田町一二〇番地

上告人

佐藤仁

右訴訟代理人弁護士

平田由世

青森県五所川原市柳町一番地

被上告人

五所川原市税務署長

佐川剛

右指定代理人

植田和男

右当事者間の仙台高等裁判所昭和六〇年(行コ)第一三号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和六一年一〇月三一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人平田由世の上告理由書(一)及び同(二)記載の上告理由について

本件借入金を事業上の借入金ということはできず、所論の支払利息は必要経費に該当しないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、ひつきょう、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判庁長裁判官 坂上壽夫 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島敦)

(昭和六二年(行ツ)第一二号 上告人 佐藤仁)

上告人代理人平田由世の上告理由

上告理由書(一)記載の上告理由

一、原判決は所得税法第三七条の解釈適用を誤り、更に理由不備の違法があり、右は判決に影響を及ぼすことが明白である。

二、本件の争点は原判決理由にも記載されているとおり、「事業会計上、元入金の範囲内において、事業主貸勘定に計上することにより、事業資金を引き出して、事業主の消費生活資金として事業会計外に払出す引出金取引は、事業所得者特有の生活資金の調達方法であって、これを否定し又は制限する規定は存在しない。控訴人の本件借入の目的は元入金の引出資金を調達するためになされたものである。このように事業元入金の一部回収に伴い、その引出資金の調達のための借入金は事業上の借入金というべきである。」か否かにある。

しかるに、原審は、単に「控訴人(上告人)の本件借入は、控訴人の長男の予備校に対する支払のための借入と認められるものであって、これが帳簿上控訴人の事業専用預金口座を経由してなされたからといって、それだけで本件借入が事業上の借入であるということはできない(本件借入金が控訴人の事業専門用預金口座に振込まれたとしても、これが長男の予備校に対する支払のための借入金であるということにかわりがないことはいうまでもない。)から、この点に関する控訴人の見解にはにわかに左祖することができない。」とするものである。

原判決は、本件借入金は、本来的に予備校支払のための借入金、すなわち、消費金融としての家事上の借入金であると先ず判定し、であるから帳簿上の認識処理、事実上の資金経路の如何にかかわらず家事上の借入金であることに変わりはあり得ず、従って事業上の借入金であるということはできないとするのである。

三、しかし、これは、次の例からみても、極めて不合理な結果を招来するのである。

甲と乙共に同一規模の医院を経営する者が存在するとする。

甲と乙は共に一年で六〇〇〇万円の所得を得る。このうち税支払、生活費等支払して残った一五〇〇万円について甲は貯金し、乙は事業に投入し設備等を購入した。これを四年続けたとすると、甲は六〇〇〇万円の貯蓄をもっており、乙は六〇〇〇万円を事業に投入していることとなる。甲は事業に対し、自分の資金を投入していないので、必要な設備等は皆銀行より借入せざるを得ず、六〇〇〇万円近い借入金を抱え、この利息を支払っている。そして、この利息は当然に必要経費として認められるのである。ところで、甲乙共に息子を医師にしたいが為、予備校に通わせることとし、その供託金五〇〇〇万円が必要となった。甲は貯蓄六〇〇〇万円があるので、この内五〇〇〇万円を送金したが、乙は手持資金を全部事業に投下しているので、事業より五〇〇〇万円回収して送金した。しかし、事業に投下した金は設備等に形を変えている為、事業より回収する為には、銀行より借入するしか方法がなく、銀行より五〇〇〇万円借入して送金した。そして、甲は、申告時六〇〇〇万円の利息を経費として申告し認められ、乙の五〇〇〇万円の利息は経費として認められなかったのである。

この甲乙を対比すると、結果的には同じであるのに、一方の利息が経費で一方の利息が経費にならないという不合理が存在するのである。

四、1、個人は当初から他人資本(借入金)で事業を営むか手持資金で事業を始めるか、又はその双方によるかは全く自由である。

更に事業の途中に、必要な資材設備の購入を他人資本で行うか、自己資本で行うか又はその双方で行うかは全く自由である。

2、ところで開業資金の借入金および設備、資材を購入する際の借入金の利息が必要経費に該当することは論をまたない。

3、ここで、問題となるのは、自己資本で事業を行っていた者が他人資本で事業を行うように途中で変更できないのかという点である。

4、他人資本で行うか自己資本で行うかは当然個人の自由であるから、この変更は可能と言わなければならない。

5、即ち、前の設例によれは、乙はいつでも甲のような経営状態をとる自由があるのである。これが元入金の範囲内での元入金回収の自由であり、この結果、乙は甲と同じ借入金を抱え、甲と同じ利息を払うこととなるのであり、その当然の帰結としてその利息も又甲と同様、必要経費とされなければならないのである。そして、この返還された元入金が何に使われるかは全く個人の自由なのである。

6、本件の場合、予備校への送金が元入金の返還の為に借入した後、数年後であったらどうであろうか。この場合は、純粋に元入金回収方式についての問題となり、その利息は経費として認められる筈である。そうとすれば、それが日をおかずになされたからといって、問題の本質に何ら変わりはないのである。

しかるに原判決は回収された元入金が何に使用されたかによって、その利息の経費性を問題としているのであって、元入金回収の為の借入金という資本維持費用である点を看過ごしているのである。本件借入金は資本維持費用として、その利息は事業に直接必要な費用なのである。

7、元入金を回収してはならないとする為には、「投下した自己資金は常に事業の為に使用しなければならない」という規定が存在しなければならない筈であるが、勿論このような規定は存在していのである。

8、元入金回収方式によるか否かは、個人の自由によるものであり、この方式が採用されたということが明確でありさえすればよいのである。

本件の場合、元入金回収方式を採用したという意思は、事業専用口座を経由し、決算申告により明確になされているのであり、これを看過し、回収された資金が何に使われたかのみを問題とした原審の判断は所得税法第三七条の解釈、適用を誤り、更に理由不備の違法がある。そもそも我が税法は自主申告制度を採用しており、いくつかの資金調達方式があった場合は、帳簿及び申告により確定されるという制度を採用しているのであるから、元入金回収方式を採用していることが自主申告制度のたてまえから確定している以上これを無視することは許されないのである。

五、原判決は次の点について判断しておらず、又、理由も付しておらず、判断遺脱理由不備の違法があり、右は判決に影響を及ぼすこと明白である。

即ち、昭和五四年四月二七日三〇〇〇万円借入した際、上告人の預金残高は金六五六万三五八六円存在し、この金員は上告人において自由に使用できたものであり、三〇〇〇万円借入した結果、預金残高は金三六五六万三五八六円となったのであり、この内三〇〇〇万円を上告人において引き出したものである。即ち、六五六万三五八六円を予備校に送金し、不足の二三四三万〇六四一円を借入金三〇〇〇万円のうちから送金したといえるのであって、借入金の内、予備校に送金されたのは二四〇〇万円弱であり、仮に前述の理論が採用されなかったとしても、必要経費に算入されない利息は三〇〇〇万円分の利息ではなく二三四三万〇六四一円の利息のみであるとの論点である。

同様に昭和五五年二月五日上告人の預金残高は一一六五万八二一円あり、二〇〇〇万円借入した結果預金残高は三一六四万八二一円となり、この中から二〇〇〇万円を引き出したのであるから同様に一一六五万円を送金し、不足の八三四万一七八二円を借入金の二〇〇〇万円より引き出したのであり、この利息のみが経費・非経費の議論の対象となるべきところ何ら理由を付せず、これを排斥したのは判断遺脱、理由不備の違法がある。

上告理由書(二)記載の上告理由

原判決には、次の二点において判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用を誤った違法があり、理由不備の違法がある。

第一点 原判決には憲法第三十条及び同第八十四条の解釈適用を誤った違法があり、理由不備の違法がある。

すなわち、左記に説明のとおり、所得税法に定める事業所得の金額は、税法の別段規定と正規の簿記の原則に従って計上されるべきところ原判決は、税法とは別個の判断基準を設定し、これにより税法所定の正規の簿記の原則を、理由に示すことなく否定のうえ事業所得の金額を計算すべしとするもので、租税法律主義を定めた憲法の右各条項の解釈適用を誤った違法があり、理由不備の違法がある。

一 事業所得と企業会計との関連性

1 本件の対象である事業所得について、所得税法関係各条項を整理すれば、次のとおり要約することができる。

(一)事業所得とは事業から生ずる所得であって、その金額は総収入金額から必要経費を控除した金額である。(法二七条)

(二)必要経費の金額は別段の定めるものを除き、売上原価その他総収入金額を得るため直接要した費用の額及び販売費、一販管理費その他の事業について生じた費用の額とする。(法三七条)

(三)正確な所得の金額計算を担保する青色申告制度を適用する青色申告者は大蔵省令の定めに従い、事業について帳簿書類を備え付け、取引を記録し、且つ、これを保存しなければならない。(法一四八条)

また提出する青色申告書には、大蔵省令に従った貸借対照表と損益計算書を添付しなければならない。(法一四九条)

(四)右による大蔵省令の具体的規定は次のとおりである。

青色申告者はすべての取引を借方及び貸方に仕訳する仕訳帳と、すべての取引を勘定科目別に分類して整理計算する総勘定元帳を備え(規五八条)、事業所得の金額が正確に計算できるように、事業に係る資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引を正規の簿記の原則に従い、整然と、且つ、明瞭に記録し、その記録に基づき、貸借対照表及び損益計算書を作成しなければならない。(規五七条)

2 以上のとおり、事業所得の金額は、別段の定めるものを除き、当該事業に係る資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引を複式簿記の方法により、正規の簿記の原則に従って、記録し、その記録を基に決算を行い、貸借対照表及び損益計算書を作成すること、即ち企業会計によってのみ正確に計算されるものであることが所得税法上規定されている。

これはもともと、事業所得は事業利益という経済事実の存在に担税力を認めてこれに対し課税するものであるから、論理的前提として、税法以前の経済事実としての事業利益がなければならず、当該事業利益は本来的に企業会計によって計算確定される会計概念であることから由来する当然の帰結であって、同じく事業利益を課税物件とする法人税法においても、当該事業年度の収益の額及び損金の額は、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとする。」(同法二二条四項)と規定してこれを確認している。

3 以上のことから或る借入金が事業会計上の借入金か否か、当該借入金の支払利息が事業費用に該当するか否かは、先ず第一義的に企業会計の立場からの会計理論的検討の結果判定されなければならない。それは会計理論についての相応の専門的知識を有する者の冷静な判断を要する処であって、会計軽視の立場からの常識論や国庫優先主義による恣意によって決定されてはならないのである。

二 本件借入金の会計上の意義

1 上告人は住所地において、医業を含む、青色申告による個人事業所得者であるが、昭和五四年年初の頃、上告人の長男を大学入試準備のため予備校に入れるに当たり、契約により三千万円の供託金を納入する必要が生じ、当該資金の調達方法につき上告人は、簡易保険・定期預金等の固定性積立貯蓄の中途解約による方法、消費金融として直接銀行から借入する方法等を含め、選択し得る各種方法につきその適否得失の検討を行った結果、事業基入金回収方式が最も経済合理性に合致し、所与の各事情にも適合すると判断してこれを採用することとした。

事業元入金回収方式とは、事業主が事業資本として当該事業に投下提供している資金の額すなわち元入金の額の範囲内において、事業会計から事業資金を引出し(これを引出金取引といい、具体的には、事業主貸勘定に計上して、貸付債権として置き、決算終了後、元入金と相殺消去する。)、以て自らの家事生活資金とする方式をいい、事業所得者の基本的な原則的家事生活資金調達の方法である。

2 ところが、事業資本かは必ずしも現金の形で存在するものではなく、現実には、運転資金・未収入金・商品・機械設備・店舗・土地等の具体的事業用資産の形で事業活動に使用されていて、現金預金等の、引出し可能な資金形態で保有される額は比較的に少ないのが通常である。何故ならば余裕資金が生じた場合は可能な限り、利息のかかる借入金、その他の負債の返済に優先充当されるからである。

そこで、事業元入金回収方式により、事業から事業資金を引出す引出金取引を行おうとしても所要資金がない場合(又は十分な余裕がない場合)がしばしば発生する。この場合の資金繰りの最も合理的方法は、銀行等から事業資金を借入れ導入することである。

本件借入金はこの資金繰り手段として行われた借入金、すなわち、事業主の家事生活資金の必要に基づき、事業元入金回収方式による引出金取引に行うに当たって、当該引出資金を調達するために行われた事業会計上の借入金である。

当該借入金資金が事業会計内に流入登場して事業資金となり、引出金取引を物理的に可能なものとするとともに、当該借入金が事業主体により、事業会計上の借入金として認識処理されたもので、その企業会計上の意義は、それまで事業資本として事業に投下提供されていた事業主資本(元入金)が引揚げられて、替わりに事業に新たに参入した事業資本(負債)であること、すなわちこの借入金により、事業用資産総額は減少することなく、事業規模としては従前どおりの規模を維持しながら、これに対応する総資本の資本構成が、負債(他人資本)が増加した分、元入金(自己資本)が減少したものであって、当該借入金が事業用資産に対応する事業総資本の一部を構成しているものであるところから、事業用借入金であること企業会計上自明のことなのである。

三 本件の事実上の争点

本件争訟の直接対象は、本件支払利息の必要経費算入の是否であるが、当該是否は事実上本件二口の借入金が事業会計上の借入金であるか、それとも事業とは無関係な家事上の借入金であるか、その何れであるかにかかっており、これが事実上の争点となっている。

1 本件借入金は、上告人の営む医療事業に係る資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引を正規の簿記の原則に従って記録計算するに当たり、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に照らし当然の処理として、これを事業会計上の負債として認識処理されたもので、会計事実としても事業会計上の負債に計上されるとともに、当該資金が現実に事業会計の場に流入登場して事業資金となり、且つ、元入金の額の範囲内で行われる引出金取引という正当な企業会計取引に使用されたものであって、当該引出金取引により事業元入金の回収が行われ、回収された当該事業元入金に入替わって本件借入金が事業資本として事業に使用されたものである。

更に右会計事実と会計処理記録に基づき法定の貸借対照表及び損益計算書が作成されて確定申告がなされたものであるが、当該申告は事業主たる上告人が、予備校送金のための家事生活資金を調達するに当たり、消費金融方式を退け、事業元入金回収方式を選択採用したものであることの意志と認識を公式に表明したものである。

しかも右上告人による事業元入金回収方式の選択採用、当該方式の実行行為としての引出金取引、及び当該引出金取引のための引出資金調達手段としての銀行借入金取引は何れも企業会計上、正規の簿記の原則、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に準拠したもので、これと一点の矛盾もなく、税法の如何なる規定にも背馳せず、また公序良俗に反するものでもない。すなわち、これは現在の社会制度下における、経済的合理性・会計的正当性・税法的合法性を具備した経済行為であって、若し、当該方式の採用と実行行為、並びにこれに対する右会計処理を否定しようとするためには、税法に新たに、「借入金がある事業からは、元入金を回収してはならない。」等の別段規定を新設しなければこれをなし得ないものである。

しかるに右の如き税法の別段規定の創設は、事実上殆どすべての個人事業所得者の生活の方途を切断するものであって、到底なし得るところではないことに留意さるべきである。

2 右に対し家事上の借入金すなわちサラリーマン金融と同質の純然たる消費金融としての借入金、換言すれば大学予備校送金のための家事消費資金を、事業とは関係なく、個人が直接銀行から借入れた場合は、その借入取引は家計上の取引、すなわち家事上の出来事であって、事業会計に顔を出すことは一切ない。従って当該借入金が事業会計上の貸借対照表に計上されることも有り得ず、その支払利息が損益計算書に計上されることも有り得ない。

3 以上のとおり、事業会計内借入金として認識処理されている本件借入金と、消費金融としての家事上の借入金とは、企業会計の立場から見て、外観上も意義内容も全く異なるものであって、両者が混同されることは有り得ないのである。

同じく家事生活資金を調達するに当たって、前者(本件の場合)は事業元入金を回収したもの、すなわち事業会計から引出したもの(事業元入金回収方式)であり、後者はいわゆるサラ金と同質の消費金融方式により当該個人が直接銀行から借入れたものである。

そしてまた事業元入金回収方式を採用して生じた本件借入金は本来的な事業会計上の借入金であって、その支払利息は当然事業費用であって必要経費となるのに対し、消費金融方式を採用した場合の借入金は、当然のことながら事業とは無関係な、本来的意味のない家事上の借入金であってその支払利息は家事生活費であり、事業所得の金額計算上無関係であるから必要経費となる余地は全くない。

このように方式の違いにより所得金額ひいては納付税額に相応の差異を生じる結果となる。

そして右両方式のうち、何れの方式を採用するかの選択は、経済人たる各納税者の現実の経済力とその自由裁量によって決せられるものであって、企業会計も税法も何等これを規制するものではないのである。

4 右のように、両方式の間に納税額の差という経済事実の差異がある以上租税法律主義の立場からは、事業元入金回収方式を採用した実績が明らかであり、且つ、決算申告によりその旨の意志表示がなされている本件借入金を、税法規定並びに企業会計理論に基づくことなく、理由なくこれを否定し、一方的に消費金融方式による家事上の借入金であると看做して税法上の所得の金額を計算することは許されないのである。

5 本件借入金が、家事生活資金の調達を関連契機として生じたものであり、外観的に借入金額と予備校送金額が日時・金額的に照応するところから、会計実務に携わることなく資本観念の希薄な一般人には消費金融方式による家事上の借入金と差異はないと錯覚され易い側面を有するものであることは事実ながら、それは会計知識の不足が原因で生じた錯覚であって、企業会計上は全く異質のものであること、事業に係る資産負債及び資本は飽くまでも第一義的に企業会計の立場から判断されるとするのが条理であり、税法の建前でもあって、会計知識に疎く兎角会計を軽視しがちな一般人の非論理的独断がこれに優先することはできないものであること、更に事業元入金回収方式を採用して事業会計上の借入金として認識処理された本件借入金を消費金融方式による家事上の借入金と看做すことは、税法規定及び税法によって支持された正規の簿記の原則による記録決算を全面的に否定することなしには、すなわち税法に前述(八頁)の如き別段規定を新設挿入することなしには所詮不可能であるから、租税法律主義を貫く限り、課税当局はこれを認めざるを得ないものであることを上告人は指摘主張してきたものである。

四 原判決の違法理由

1 しかるに、これに対して原判決は、第一審の判決理由を引用するとともに次のとおり付加理由を述べている。

「控訴人(上告人)の本件借入れは、控訴人の長男の予備校に対する支払のための借入れと認められるものであって、これが帳簿上控訴人の事業専用預金口座を経由してなされたからといって、それだけで本件借入れが事業上の借入れであるということはできない(本件借入金が控訴人の事業専用預金口座に振込まれたとしても、これが長男の予備校に対する支払のための借入金であるということにかわりがないことはいうまでもない。)から、この点に関する控訴人の見解にはにわかに左袒することはできない。」

2 ここでは、本件借入金は本来的に予備校支払のための借入金、すなわち消費金融としての家事上の借入金であると先ず判定し、であるから帳簿上の認識処理、事実上の資金経路の如何にかかわらず家事上の借入金であることに変わりはあり得ず、従って事業上の借入金であるということはできないといっており、しかも右判定に立ち至った経緯、理由については一言の言及もなく、且つ、証拠の摘示もない。

現行所得税法には右判定の根拠となるべき具体的条項は一切存在しないにもかかわらず、原判決はあたかも自明のことの如くに判定し切っている。

思うにこれは税法とは別個の判断基準が設定され、当該別個の判断基準により右判定が行われたと推察せざるを得ないが、納税者たる上告人にはこれを窺い知るべき術がないのである。

結局原判決は、税法とは離れた納税者の知り得ない別個の判断基準を設定し以て、税法所定の正規の簿記の原則を否定することにより、所得税法上の事業所得の金額を計算すべしとするもので、これは、租税法律主義を定めた憲法第三十条及び同第八十四条の解釈適用を誤り、ひいては理由不備の違法を犯したものであって破棄は免れない。

第二点 原判決には所得税法第三七条の解釈適用を誤った違法がある。

すなわち左記に説明のとおり、必要経費は別段の定めるものを除き、企業会計上の事業費用と解すべきところ、原判決が引用した第一審判決は、これを業務と直接関係をもち、かつ業務の遂行上通常必要な支出であることを要すると誤って限定解釈したうえ、これが適用に当たり、本件借入金の支出は業務と直接関係し、業務の遂行上通常必要な使用ではないから、その支払利息も必要経費に該当しないと判示した。しかし借入資金は正当な事業会計上の取引に支出されたものであれば、その支出自体が必要経費となる、ならないにかかわらず、当該借入金の支払利息は必要経費となるべきもので、第一審判決は論理の飛躍であって所得税法三七条の解釈適用を誤ったものである。

更に原判決は、企業会計上、事業用借入金であることが明らかな本件借入金を、税法規定及び会計理論上の何等の根拠もなく、従ってその根拠を示し得ないまま、これを家事上の借入金であって事業上の借入金ではないとしたうえ、これにかかる支払利息は必要経費に該当しないと判示したが、これは、必要経費は、別段の定めるものを除き、企業会計の立場から判断される会計上の事業費用である旨定めた右所得税法三七条の解釈適用を誤ったものである。

一 原判決の要旨

1 原判決が引用した第一審判決理由

或る支出が所得税法三七条一項の必要経費として総所得金額から控除されうるためには、客観的にみてそれが当該事業の業務と直接関係をもち、且つ業務の遂行上通常必要な支出であることを要し、その判断は当該事業の業務内容など個別具体的な諸事情に即し社会通念に従って実質的に行われるべきである。

これを本件各借入金及び申告利息についてみるに、前記認定の事実によれば、本件各借入金は、原告(上告人)主張のように原告が事業に用いる預金口座に振込まれ、貸借対照表上借入金として処理され、その引出しも原告の元入金の引出しとして同表上事業主貸勘定で処理されたとしても、右借入金の支出は、実質的にみれば原告の長男の大学入試に関連してなされたもので、医療事業の業務と直接関係し、業務の遂行上通常必要な使用ではないから、その支払利息たる本件各申告利息も、損益計算書に計上されたか否かにかかわらず、必要経費に該当しないことになる。

2 原判決で附加した理由

控訴人(上告人)の本件借入れは、控訴人の長男の予備校に対する支払のための借入れと認められるものであって、これが帳簿上控訴人の事業専用預金口座に振り込まれたとしても、これが長男の予備校に対する支払のための借入金であるということにかわりがないことはいうまでもない。)から、この点に関する控訴人の見解にはにわかに左袒することができない。

二 原判決の違法理由

1 第一審の判決理由について

(一)必要経費の解釈自体が誤っている。

或る支出が所得税法三七条一項の必要経費となり得るためには、業務と「直接」関係をもち、且つ業務の遂行上「通常必要な」支出であることを要すると述べているが、先ず第一にこの解釈自体が誤りである。これは昭和四〇年における所得税法全文改正前の旧法一〇条の必要経費規定のもとで形成された必要経費概念であって、過去の裁判において一部これを追認したものと解される判決例もあると聞くが、厳密にいってこれは誤りである。

改正前の旧法においては必要経費を個別具体的に例示列挙のうえ最後に、「……その他の経費で当該総収入金額を得るために必要なものとする。」と規定してあったことにより右の必要経費概念が形成されたものである。

経費は一般に企業会計上の費用よりも狭い概念で、一般に費用のうち直接原価と営業費の段階までをいい、支払利息、貸倒損失等の営業外費用を含めないのが普通である。また経費は営業外費用に較べ、業務との直接関連性が強く、且つ通常的な必要性も強いものであるから、旧法時代においては右必要経費概念はほぼ妥当なものと言い得た。

しかるに改正後の現行法三七条は必要経費を「売上原価その他当該総収入を得るため直接に要した費用の額及び販売費、一般管理費その他業務について生じた費用の額とする。」と規定しているとおり、「経費」なる用語を排除して「費用」を用いている。しかも売上原価、販売費、一般管理費、費用等はすべて企業会計からの借用概念であって、これを要するに現行法における事業所得の必要経費は、税法に別段の定めあるものを除き、直接原価、営業費及び営業外費用を含む企業会計上の「事業費用」を指すものである。従ってその中には、貸倒損失、災害損失等の非直接で、非通常且つ不必要な非目的費用をも含むものであって、業務について生じた費用、すなわち業務との関連性は要求されることは当然ながら、その直接性、通常必要性は絶対的要件ではないのである。

従って一審判決が必要経費は、業務と直接関係をもち、業務の遂行上通常必要な支出であることを要するとして、一律にこれを限定解釈したことは、明らかに所得税法三七条の解釈それ自体を誤ったものである。

もともと借入金の支払利息は資金調達のための財務費用すなわち資本費であって、いわゆる「経費」と異なり、本来的に直接性、通常必要性がないもので、これを強調するとすべての借入金利息は必要経費となり得ない事態となることを銘記すべきである。

旧法も現行法も同じく必要経費なる用語を使用しているが、旧法のそれは「必要な経費」であったが、現行法のそれは「事業について生じた費用」なのである。

(二)当該解釈の適用の仕方が誤っている。

右のとおり必要経費の解釈それ自体が誤っているのであるが、仮にこれを正しいものと考え、ある支出が必要経費となり得るためにはそれが、「業務と直接関係をもち、業務の遂行上通常必要な支出」であることを要するものと仮定しても、それは当該支出(借入金の支出)そのものが必要経費となるか否かの判断基準であり得るに過ぎず、その支出に使用された資金の源泉(資本)である借入金の支払利息という別個の支出までをも律するものではないことに留意しなければならない。

「右借入金の支出」そのもの(引出金取引)とは別個の支出である本件支払利息なる支出については、更めてその必要経費性有無の判断がなされなければならない。

(註)一審判決では「右借入金の支出」といっているが正確には「(借入金によって調達された)右借入資金の支出」というべきものと考えられる。借入金という負債自体が支出されることは物理的に不可能だからである。すなわち前記一審判決の「右借入資金の支出は、実質的にみれば原告の長男の大学入試に関連してなされたもので、医療事業の業務と直接関係し、業務の遂行上通常必要な使用(支出)ではないから」、として言い得ることは、当該資金の支出すなわち、事業主貸勘定に計上して支出された三〇〇一万二六〇〇円と二〇〇〇万円の支出を可能ならしめた資金の調達源泉たる本件借入金の利息の支払という別個の支出が、必要経費となるか否かは更めて別個の立場で判断されるべき事柄である。

何故ならば、調達された借入資金は直接必要経費とならない支出に使用されても、当該借入金自体は事業会計上の借入金であって、その支払利息が事業費用すなわち必要経費となる例が数多くあるからである。

例えば借入資金が事業用土地の購入資金として使用された場合(資本の追加的調達)、又は事業用借入金の返済資金として使用された場合すなわち借り替え債務の場合(資本の維持的調達)等はその代表例であって、何れも当該借入資金の支出そのものは、費用すなわち必要経費とはならない使用であるが、当該借入金は事業会計上の借入金として機能しており、その支払利息が当該事業の費用すなわち必要経費となること論を挨たない。

結局借入金の支払利息が事業所得の必要経費となるか否かは、当該調達資金が最終的に必要経費となる支出に充てられたか否かによって決定されるのではなくて、当該借入金が事業会計上の借入金として認識処理されるとともに当該調達資金が現実に事業会計の場に流入登場のうえ、正当なる事業会計上の取引に使用されたのもであるか否かに係っているものである。

本件借入金は、右の事業用借入金の返済資金に使用された借り替え債務としての借入金と全く同質の借入金、すなわち資本の維持的調達のための借入金であって、それまで自己資本として機能していた元入金の返済資金に使用された借り替え債務である。そしてまた右元入金の一部返済すなわち引出金取引は会計上の正当な取引であるから、当該借入資金は事業会計上の正当な取引に使用されたものである。従って当該借入金は正常な事業会計上の借入金であり、その支払利息は間違いなく事業費用であって必要経費となるものである。

従って、「借入金の支出が必要経費となる使用でないから、その支払利息も必要経費に該当しないこととなる。」とした一審判決は倫理の飛躍であって、明らかに税法解釈の適用を誤ったものといわなければならない。

2 原判決の附加理由について

(一) 家事上の借入金と事業会計上の借入金

本件借入金が前述のとおり、事業主の家事消費生活資金の調達を関連契機として生じたものであり、外観的にも、借入金額と予備校送金額が、日時、金額的に相照応するところから、資金繰り等財務活動についての企業経営の実務経験がなく、特に貸借対照表論的思考に不慣れな一般人には、予備校送金のため直接銀行から資金を借り、これをそのまま送金したもの、すなわちいわゆる「サラ金」と同じ消費金融としての家事上の借入金であると錯覚され易い側面を有するものであることは事実である。

すなわち、〈1〉本件借入資金が預金口座に振り込まれた直後、ほぼ同額の資金が引出され、借入金額と同額の予備校納付金の送金がなされていたこと、〈2〉銀行借入申込書の記載理由が、一回目は×線テレビ購入資金としながら、これを購入せず直ちに引出しており、二回目は大学入試資金としていることから、当初からこれを直接事業に使用する意志はなく、予備校納付資金の調達が真の目的であったと認められること、〈3〉本件借入金が医療行為という基本的事業目的遂行上の直接的必要性から生じたものではなく、事業主の家事生活資金の需要を原因として生じたもので、若し当該需要がなければ、借入れの必要がなかったものであること、以上三点が、一般人が本件借入金を家事上の借入金と誤認する主な理由と推察される。

しかし右三点は何れも、本件借入金が、予備校納付金という事業主の家事生活資金の需要による事業会計上の引出金取引に備えた引出用事業資金の調達手段として行われた事業上の借入金であることと何等矛盾するものではない。

従って右三点を理由に本件借入金を家事上の借入金であって事業上の借入金ではないと判定することは理論的根拠を全く有しない、偏見的独断というほかはないのである。

そして右の如き純然たる消費金融たる借入金、すなわち家事上の出来事としての借入金の場合は、前述のとおり、当該家事上の借入金が事業会計の場に登場することは原則としてないのであって、ましてや借入金が貸借対照表に計上されたり、対応資金が引出金取引として事業主貸勘定に計上されることは正規の簿記の原則から決してあり得ないのである。

もし上告人が本件借入金を右純然たる消費金融としての借入金であると認識したものであれば、たとえ当該借入資金が事業会計上の預金口座に振込まれたとしても、これを上告人の会計処理の如く、銀行借入れによる事業資金の導入(借方・普通預金-貸方・借入金)として取扱わず、事業主からの一時預かり金として処理(借方・普通預金-貸方・事業主借)し、これを支出したときその反対仕訳(借方・事業主-貸方・普通預金)をすれば事業主借勘定の残高は消滅するので、借入金も事業主借勘定も決算貸借対照表に計上されることは決してないのである。

しかるに現実の上告人の会計処理及びこれに基づく決算の結果たる貸借対照表及び損益計算書においては、本件借入金は事業会計上の借入金として貸借対照表負債の部に計上され、これにより調達された資金は、事業主が事業利益(所得)の範囲内において、事業から家事生活資金を引出す正当な企業会計上の取引(引出金取引)に使用されて貸借対照表資産の部事業主貸勘定に計上され、且つ当該借入金の利息は事業費用として損益計算書の利子割引料勘定に計上されている。(なお事業主貸勘定は翌期首、元入金と相殺される。)

すなわち少なくとも上告人の会計処理及び事業利益計算上は、本件借入金は紛れもなく事業会計上の借入金として取扱われ、且つ事業用借入金として機能している。

そしてこのような上告人の右会計処理は税法において所得金額計算上準拠すべしと明定する正規の簿記の原則、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に照らし、一点の矛盾背馳もなく、企業会計上の正当にして合理的な会計処理として肯認されるところであって、もとより科学としての会計学の通念に沿ったものであり、またいわゆる公序良俗に反するものでもない。

このように同じく銀行からの借入金でありながら前者(消費金融方式による借入金)は純然たる家事上の借入金となり、後者(事業元入金回収方式による借入金)は純然たる事業会計上の借入金となる。この結果の差異は何によって生じたか。

それは長男の予備校送金のための資金すなわち家事生活資金の調達方法を、事業会計とは関係のない消費金融方式によったか、事業元入金回収方式によったか、すなわち採用された調達方法の差異によるものである。

しかもここで決定的に重要なことは、右何れの方式を採用するかの選択は既述のとおり、すべて当該事業主個人の現実の経済力とその自由裁量によって決せられるものであって、税法の規定する処ではないという一事である。

予備校納付金の如き臨時生活費を年間経常所得によって賄い得るか、過去の所得の取崩しを引出して充てるか、直接消費金融としての借入金に頼るか、或いは経済力の限界から予備校入学それ自体を諦めるか等々の判断選択は、それぞれの経済的立場において各人が自由に決すべきものであって、税法にこれを制約規制すべ規定は一切存在せず、また存在すべき筈はないのである。

なおこの場合、事業所得者の家事生活費資金の調達方法としては、原則として事業元入金回収方式(事業所得の蓄積の引出し)の採用が本則的方法であって、不確実な招来の所得を返済原資に予定する消費金融方式は、本質的に不健全な方式であるから、可及的に避けるべきであることも留意されなければならない。

(二) 附加理由の違法性

以上のとおり本件借入金は、上告人の長男の予備校納入資金の調達方法につき、上告人が消費金融方式を退け、過去の所得の蓄積である事業元入金(未処分事業利益)を取崩し引出しする事業元入金回収方式を採用した結果、事業からの当該引出資金にすなわち事業会計資金を調達するために行われた事業会計上の借入金であること上告人の会計処理並びに決算申告により明らかであるにもかかわらず原判決は、何等の理由説示もなく証拠の摘示もないまま、いきなり、「控訴人の本件借入れは、控訴人の長男の予備校に対する支払のための借入れと認められるものであって……本件借入れが事業上の借入れであるということはできない。」と述べて全面的にこれを拒否している。

そして原審の右判断に立ち至った経緯、論拠については一切言及がなく、まるでこのことは、「税法規定や会計学上の諸基準による理論的検討を経るまでもなく、いわゆる社会通念上、自明のことである。」と判示しているものの如くである。

しかし本来、社会通念は諸科学の成果をも取り入れ、これと整合性を有するものとして形成されるべきものであって、これと矛盾背馳するもの、少なくとも科学を否定する便法として存在すべきものではないと考えられる。

事業所得の実体的内容が科学としての企業会計理論によって計算される会計概念たる事業利益であり、税法においても、事業所得の金額計算は別段の定めるものを除き正規の簿記の原則(企業会計)に従う旨規定され(会計が法的計算基準となっていることの根拠)、且つこれを否定する税法の別段規定の存在しない本件借入金の会計的意義性格については、先ず第一義的に企業会計の立場から判断されるべきものであって、いわゆる社会通念が優先されるべきものではない。

企業会計の立場すなわち正規の簿記の原則(所得税法)、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準(法人税法)に鑑み、正当にして合理的処理として肯認され、税法でも何等これを否とする別段規定の存在しない本件上告人による事業元入金回収方式の採用と、これに基づく本件借入金の会計処理は、事業所得の金額の計算に当たり、所得税法の右の法規定からいってこれを否定することは許されないものである。

しかるに、原判決は理由もなく、法廷の会計処理事実を否定して必要経費の範囲を不当に限定しようとするもので、企業会計理論を援用して解されるべき所得税法三七条につき明らかにその解釈適用を誤ったものである。

以上1、2、いずれの点から見ても原判決には所得税法三七条の解釈適用を誤った違法があるので取消を免れないものと思料する。

以上

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